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インデックス
祭の解説
筥崎宮 玉せせり |
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概説
1月3日、筥崎宮では玉せせり(玉取祭)がおこなわれます。玉せせりはおよそ500年前に始まったとされる恒例の正月祭事であり、神功皇后三韓出兵の際に竜神が干珠と満珠を献上したという瑞兆を模したものだと伝えられています。また海から寄り来たものを奉納したとも言われています。豊漁豊作・商売繁盛の恵比須信仰にもとづく年始の占いという側面を持った祭です。 午後1時より筥崎宮境内で玉洗式(玉洗いの儀)が執り行われます。直径30センチ重さ8キロの陰陽2つの木製の宝珠がお祓いを受けたのちに温湯で陰暦の月の数のタワシで洗われ、3合3勺の白絞油を注がれ白紙で拭き取られます。この紙は皮膚病に効き福をもたらすとされています。 玉洗式が終わり1時半ごろ、一ノ鳥居から北(香椎方面)に200メートルほどにある末社の玉取恵比須神社(図1)まで桶に入れられた陽玉が厳かに運ばれ(陰玉は本殿神前へ)、祭典ののち陽玉が下帯姿の競り子に手渡され、待ちかねた子供たちの手に渡されて祭が開始となります。 肩車に乗った何人もの子供たちが宝珠に集まり、揉みくちゃになりながらも宝珠を受け取っては高く掲げて次の子供に渡し、次の子供も同様に宝珠に触れるということを繰り返して、玉取恵比須神社の前から徐々に筥崎宮正門のほうへと向かって行きます。子供たちの間では宝珠を競って取り合うわけではなく、ご利益にあずかろうと宝珠を手にし、次の人に渡すということをします。玉が運ばれてゆく間、周りは下帯姿の子供たちと手伝いの大人たち数十人で押しくらまんじゅうのようになり、威勢良く浴びせられる力水の湯気が寒空の下で立ちのぼります。
宝珠を中心とした競り子の集団は徐々に筥崎宮正門へと近づき、参道近くの交差点(図2)で大人の手に渡され、ここから祭の名称のとおり玉を競り合うことになります。沿道は遠近から集まったおよそ5万人の見物人でいっぱいで、境内は動くこともままならない状態です。そんな多くの観衆が見つめる中、肩車に乗った競り子たちが箱崎(浜部)と馬出(まいだし)(岡部)の2つに分かれて宝珠の争奪戦をおこないます。とはいえラグビーなどのスポーツのように激しく動き回るのではなく、さながら運動会の騎馬戦のような動きで木珠を取り合います。 子供が玉を手にしている時にも力水はたくさん撒かれますが、大人に移ってからはさらに豪快に力水が撒かれ、競り子の近くで祭を見物していると濡れるのは必至です。報道関係者は台風中継のときのような格好をして取材をしていたりします。 陽玉は競り子たちの手を伝って鳥居を抜けて境内(図3)に入り、拝殿へと近づいてゆきます。拝殿の楼門にはあらかじめ立板が設けられています。その板に穿たれた穴に玉を入れた側が勝ちということになります。箱崎側が勝てばその年は大漁、馬出側が勝てばその年は豊作、といわれています。宝珠に触れればご利益があるということで、 楼門下で神職の手に渡され陰陽2つの玉が再び揃ってから玉納祭がおこなわれ、めでたく神事が終わります。 境内とその周辺は、さすがに玉せせりのクライマックスということもあって、身動きも難しいぐらいの見物人で溢れ返っています。特に拝殿に近い場所では脚立の上から玉が奉納される瞬間を撮影しようと構えている写真愛好家の人たちや報道関係者が連なっています。奉納される瞬間を見るためには祭が始まる前から場所の確保をしなければなりません。
時間表
※ 正午ごろには現地に到着したほうがよいでしょう。見所である拝殿前にはそれより早く来なければ場所取りできません(要脚立)。
交通手段
都心から筥崎宮へ行く方法はおもに地下鉄とバスの2とおりがあります。もちろんタクシーや徒歩という手段もありますが、地下鉄かバスが便も良く適当な交通手段です。なお、周辺に駐車場が乏しいうえ、当日の筥崎宮周辺は警備の警察官が山のようにいて路駐など以ての外なので、自家用車やレンタカーのご利用は避けることをお薦めします。 地下鉄 地下鉄空港駅や地下鉄博多駅から乗車する際は、中洲川端駅で貝塚方面ゆきに乗り換える必要があります。誤って空港方面ゆきに乗らないようにしましょう。 筥崎宮へは1番出口(改札を出て右側)へとお進みください 西鉄バス “箱崎”という名のつくバス停は「箱崎」「箱崎駅前」「箱崎浜」「箱崎松原」とありますが、目的のバス停は「箱崎」です(他のバス停でも歩いて行ける距離ではありますけど)。箱崎バス停へは博多駅交通センター1Fや天神バスセンター前などから乗ることができます。詳しくは西鉄の「西鉄バス 時刻・運賃検索」をご覧ください。 |